トイレ

恥ずかしい経験

私がまだ、うら若き乙女だったころの話です。

ある日の朝、起きていつものようにトイレに行き、おしっこをしようとするとものすごい激痛が走りました。痛みと闘いながらなんとか頑張って済ませましたが、ひどい残尿感もあり、ただ事ではない様子。

トイレ

前日、デートの最中、寒い中ずっとトイレを我慢していたことを後悔しました。

でも、病院には行きたくありません。
もともと病院嫌いでもありますが、泌尿器科なんて恥ずかしくて恥ずかしくて・・・。
そのうち勝手に治るかもしれないと無理矢理楽観的に考えて、3日間過ごしました。

3日後、私はそわそわしながら病院の待合室にいました。
治るどころか、痛すぎてとても我慢なんてできませんでした。

待っている時間はとても長く感じられました。周りを見渡すと泌尿器科にいる患者さんはお年寄りばかりで、20歳の私は一人だけすごく場違いな感じでした。

今思えば被害妄想も甚だしいですが、お年寄りたちがみんな好奇の目で私を見ている気がして、いたたまれなくなりずっと下を向いていました。背に腹はかえられないと思ってここまで来たけれど、逃げ出したい気持ちの方が強かったです。

すると、私の名前が呼ばれました。
デート中にトイレに行きたいと言えなかったばかりにこうなりました、などと説明しなければいけないのだろうかとか、それどころかもしかして視診とか触診とかもされてしまうのだろうかとか、色々考えすぎて倒れそうになるくらい緊張していました。

お医者さんは親切そうな人でした。尿検査と問診で、膀胱炎ですねと言われあっさり診察終了。

もう終わり?と思うくらい、あっさりと終わって飲み薬をもらって帰りました。

病院って、薬って、すごいですね。
もらった薬を飲んだらすぐに排尿が楽になり、3日くらいで違和感もまったくなくなりました。我慢しないでもっと早く行けばよかったです。

今だったら、歳も重ねてふてぶてしくなりましたから、そのときほどの恥ずかしさもなく行けるんでしょうけども。

当時の私は本当に、うら若き乙女でした。

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病院

病院選びは大切

立ち仕事をしていた時、急に膝が痛くなり立っているのも困難な状態になってしまったので、近所の病院へ行きました。

その5年ほど前に膝を骨折したことがあったので、それが完治していなかったのかなぁと思いましたが、とりあえず優しい女の先生が溜まっていた水を抜いてくれて、痛かったらすぐに来てくださいと言われました。

次の日仕事に行きましたが、すぐにまた痛みが出てしまってその日のうちに病院へ。

すると今度は男の先生でした。夫婦で経営しているらしく旦那さんのほうだったのだと思います。事情を説明してまた水を抜いてもらったのですが、このままでは仕事に行くのも辛いし、どうしようと先生に相談すると、その先生はなにやら手術の話をし始めました。

膝

しかし、なんだか話が専門的すぎて意味がわからないうえに、まぁ、おすすめはしませんけどね?とかいうし、ただ知識をひけらかしたいだけのように思えて、じゃあ結局どうしたらいいんですか?と聞き直すと、まぁ寝てりゃ治りますよ。などと言われ、ものすごく頭にきました。

その日はあまりに頭にきたので、母に電話して愚痴を散々言って、次の日近所の大学病院へ。

大学病院の診察結果

そこではレントゲン写真を見せられながら、膝の皿の骨がちょっとぼこっと出てて、これが痛みの原因だと思う。と言われました。

病院

でも、筋力も足りないから2週間毎日スクワットをして、それでもダメなら手術。しかし、膝をぱっくり開けての手術だから大きな傷が残ります。と言われました。

それからスクワットを毎日がんばっていましたが、心配した母から電話が来て、友達が最近膝の手術をしたんだけど、そこの先生がすごく膝の手術で有名な先生だから一度診てもらえば?とのこと。試しにその病院に行ってみることにしました。

膝の名医にかかったら・・・

人気の先生だったため、診察までかなり待ちましたが、今までの先生と比べると話をすごくよく聞いてくれました。そして、早めに手術をしたほうがいいと言われそこに入院しました。

結局のところ、悪かったのは前に骨折した時に残ってた小さな骨のかけらが膝の皿の間に入り込んで邪魔をしていたのが痛みの原因だったらしく、それを取り除いてもらいました。またもともと膝の皿が動きやすかったので固定してもらいました。

手術は内視鏡で行ったので、大きな傷も残らず6年経った今ほとんどわからない状態です。大学病院で手術していたら大きな傷ができた上に、別になんともない骨を削られていただろうし、最初に行った病院の先生を信じて寝ていたらいつまでたっても治らなかったんだろうな。

病院選びは大切だと、その時本当に思いました。

うちわ

見た目より本人が辛いホットフラッシュ

職場の同僚が、ホットフラッシュに悩まされています。特に出勤したばかりの時間に顕著で、職場にも常にうちわがおいてあります。うちわで扇ぎながら仕事の申し送りを聞くのがその同僚のいつもの姿になっています。

うちわ

ホットフラッシュと同様に突然の顔の発汗もあるようで、経験者でしかわからないのでしょうけれど、どちらもとても気持ちが悪いんだそうです。「突然」「何の誘因もなく」といったところが気持ち悪いとのことです。

確かに、運動したから、とか緊張したからとかではなく、理由なく汗が流れてきたり、顔が熱くなるのは嫌なものです。夏は特にあついので、うちわだけでなく、冷えピタをおでこに貼っている時もありました。あとは、首の後ろを冷やすものを首に巻いたり、と何かと工夫しています。

 「今まさにホットフラッシュ」という時でも、周りの人からみたらごく普通にみえるので(その人は)、そんなに暑そうにも気分が悪そうにも見えないのが、また本人の苦痛を強くしているようにも思えます。すでに更年期の人や、更年期をこした人たちが「それって嫌だよね、ほんとに辛いよね」と分かってあげられるのだと思います。

 しばらくすればホットフラッシュも発汗もひいていくようですが、そういうときはやはり体全体でも調子がよくないことがあるようです。その人は特に生理痛がそれまでよりさらに重たくなって、気分が悪い、頭痛がひどくなったのに加えて、めまいがするようになったそうです。めまいがすると、起きたくても起き上がれなくなってしまい、生理になると時々仕事を休まざるを得ないような時まであり、とても辛そうです。

憂鬱

 本人も、周りの経験者からしても、明らかにとは言わないまでも、年齢などから考えてもおそらく更年期障害の症状の一つだろうと思っているのですが、医療機関を受診することもなく、市販薬の更年期障害の薬を飲んでいるそうです。ちゃんとした薬などで少しでも症状が軽くなるのなら受診すればいいのになあ・・・なんて思ってしまいますが、自分がそうなった時でも、なかなか受診せずに過ごしてしまうかもしれないとも思います。はっきり「更年期障害です」と言われるのもしんどいし。なんとも辛いことですね。

赤ちゃん

お産は病気ではないといいますが

私は今まで入院したことがないどころか、病院に行くことさえめったにありませんでした。しかし、そんな私が入院しないといけなくなるところまでいってしまったことがあります。

その原因は妊娠でした。

通常の妊娠状態であれば、入院する必要はなかったでしょう。しかし、私の場合は違いました。それは妊娠七か月目の妊婦健診でのことでした。

子宮頚管に異常発生!?

それまで順調そのものだったのですが、その頃はお腹の張りがやけに多く感じられるようになっていました。その言葉を聞いた先生は、途端に険しい顔になって検査を開始。

そこで、初めて私に起こった異常が分かりました。普通は4~5センチないといけないの子宮頚管という所が、私の場合は三センチしか無かったのです。

このまま放置してしまったら、本当に早産になってしまうと警告されて、お腹の張りを止める薬を処方され、安静を指示されました。

しかし、今まで重い病気をしたことがなかった私は「安静」の意味が分からず、生活の中で少し休憩を増やすだけにしていました。すると、次の健診において、頸管が1センチにまで減ってしまっていました。

産院の先生からは厳しく叱られました。

後で知ったことなのですが、他の科とは違って産科は厳しく指導することが多いらしいですね。本当ならば、入院までしないといけませんでした。しかし、家事を行える人間がいなくなってしまうので、自宅安静でなんとか許可が出ました。

とはいえ、最低限の家事以外はずっと横になっていないといけないので、結構大変です。

張りを抑える薬も朝・昼・晩・深夜の四回ずつ服用しなければなりませんし、薬の副作用でめまいや動悸があって飲んだら飲んだで気分が悪くなりました。臨月に入ってようやく落ち着きましたが、とても辛かった事を覚えています。

次の妊娠の時にはこういう事にならないよう気をつけたいと思います。

心臓の不整脈

心臓の不整脈

まず入院の前に、なぜ入院することになったのか。そこから説明しよう。
ことの始まりは頭痛から。

頭痛

頭痛なんて誰しもあるものだし、風邪でも引いたのかなと軽く考えていた、暑い夏の日だった。私は営業職で外回りが多い。その日は朝からとても暑く、スーツで外回りなんて絶対に行きたくない日だった。

朝から体調が悪く、頭痛がひどい。でも午後からどうしてもはずせないアポイントがあって、なんとか踏ん張っていたのだが、いつもの交渉はできないと判断し、上司に同行をお願いした。ここは正解だったと思う。

無事に先方との話しは終わったかに思ったのだが、記憶があいまいだ。上司に聞くと、全然話しが噛みあってなかったと。。相変わらず頭痛がひどい。やるべきことを片付けて早めに帰ろうと思っていたのだが、そこで記憶が途切れる。

病院その1

気付いたのはベッドの上。悟った。自分は倒れたんだと。どうやら、会社で仕事中に、そのまま床に寝そべってしまったらしい。まさか自分が救急車で運ばれるなんて。

その日は一晩病院で泊り、お医者さんの診断は、疲れが溜まっていたのでしょう、と。これがまさに世紀の誤診となる。

退院した日、自宅に寄ってからそのまま会社へ。なんという仕事バカだろう。そのあと1週間くらは通常通り仕事を続けていたが、どうも頭痛がとれない。その後、会社の近くの総合病院へ。

病院その2

救急車で運ばれたこと、それから頭痛がとれないことを話し、詳しく検査。人が倒れたときは、脳か心臓に原因があることがほとんどらしい。検査の結果、心臓に不整脈があるとのことだった。原因がわかりホッして、投薬で様子を見ることに、これがまたもや世紀の誤診。

とりあえず2週間分の薬をもらったけど、飲んでも全然良くならない。相変わらず頭は痛いし、息苦しさもある。そんな中、外回り中にどうしても苦しくなって、また倒れるかもという予感がした。

そこで目に入ったのは病院の看板。なんとか受付まで辿り着き、不整脈の薬を飲んでいるがどうも苦しいので休ませてほしいとお願い。空いているベッドで休ませてもらったが、看護師さんから衝撃発言。ここは胃腸科なので、心臓のことはよくわかりませんと。

心臓の不整脈

全然治まらないため、救急車を呼んでもらうことに。人生2度目の救急車だ。不整脈専門の先生がいるという病院へ連れて行ってもらった。

病院その3

ここでやっと主治医に巡り合えた。

その日のうちに手術をすすめられた。いま飲んでいる薬は、症状は抑えるけど治すものではない。治すには手術するのが一番いいとのことだった。なんとその先生と出会ってから1ヶ月後には手術することになった。

もっと早ければ、こんなに苦しまなくてよかったのにと悔しがる。それから手術も無事に終わり、症状はまだたまに出るけれども仕事も続けられている。

今度は術後2年検診だ。再発の心配はあるけれども、この病院、この先生だったら、また入院してもいいかなと思ってしまう。助けられた。。