病室

入院するならやっぱり個室が一番!同室の見舞い客が不快過ぎて・・・

まだ大学生だった頃、「回腸末端炎」という病気になり一週間ほど入院しました。

回腸末端炎という病名は聞きなれないと思いますが、症状は盲腸にとても良く似ていて、とにかくお腹が痛くて身動きも出来なくなります。

私に処置された治療法は、点滴で抗生物質を投与する事でした。数日間は飲んだり食べたりできず、点滴のみで過ごし、点滴が取れてから数日して退院という流れでした。

同室の女性を見舞いに来る旦那さんが・・・

入院した部屋は個室ではなく、30代くらいの女性と同室でした。

私は親元を離れて暮らしていたため、近所に住む姉が昼間にちょっと寄る程度のお見舞いに来てくれるくらいでした。一方、同室の女性には旦那さんがおり、この旦那さんが四六時中訪ねてくるのが相当苦痛でした。

私に四六時中付き添ってくれる人がいなかったからでは有りません。旦那さんの態度・言動が私をかなり不快にさせたためです。

見舞い

この旦那さん、女性を見舞っているのではなく、早く退院して仕事をしろと言いに来ていたんです。

奥さん「だからまだ退院の許可はでていないって。」
旦那さん「怠けているだけだろ。」
奥さん「先生と話しをしてよ。原因がわからないんだって。」
旦那さん「別にどこも悪そうじゃない。」
奥さん「どこも悪くなかったら倒れないでしょ。」
旦那さん「仕事がたまっている。早く退院して働けよ。」

こんな感じの会話を1日に何度もやってきては繰り返していました。

どうやらこのご夫婦は2人で事業をされているらしいのですが、奥さんが急に倒れて入院しているため、旦那さんの仕事量が増えて困っている様子。病院に来る時間があれば仕事すればいいのにと思いながら聞いていました。

当時まだ大学生の私は、うるさくても何も言えず、しかも点滴をしてもらっているので部屋から出て行くことも出来ず、たった一週間でしたが、病気以上につらい体験でした。

倒れるまで働いているパートナーに「怠けているだけ」という人がいるなんて、信じられない気持ちでいっぱいでしたし、こんなギスギスした夫婦の会話を平気で他人に聞かせられる人がいるなんて、とびっくりしたのを今でも覚えています。

点滴は数日で取れたため、退院までの残りの数日間はなるべく休憩室みたいなところで過ごすようにしていました。

入院して思った事「やっぱり個室が良い」

病室

その後、有り難い事に入院するような事故にあったり病気にはなっていませんが、今後入院することがあれば、間違いなく個室に入れるようにしたいです。そのためには保険と貯金かなと思っています。

乳がん

表面上は明るく振る舞っていてもやっぱり辛い「乳がん」

以前、初期の「乳がん」が見つかって、入院手術することになりました。父の紹介で大きな大学病院に行き、そこで検査をしてもらい、手術と入院が決まりました。手術は、麻酔で眠っているうちにあっという間に終わってしまい、全然記憶がありません。気がついたらベッドに寝ていて、叔母が覗き込んでいました。

胸に包帯が巻かれていて、片方の胸がなくなっていたのですが、それもあまり実感がなく、人ごとのように淡々と眺めていました。それから個室から6人部屋に移されて、他の患者さんたちと一緒になりました。

乳がん患者の病室

そこの部屋はやはり乳がんの人ばかりで、ほとんど私よりも年上の年配の方ばかりだったのですが、1人だけとても若い女の子もいました。

みなさん淡々としていてどちらかといえば明るくて、そんなに重病という感じはしませんでした。実際には、再発の人とか、肺に転移してしまった人とか、私よりも重症の人が多かったのですが、みなさん年上だったので、笑顔で話しかけてくれたりして、表面上、病室は明るかったです。

病室

しかし、お見舞いに来たダンナさんらしき人と話しながら泣いている方もいました。「きっと重症なんだろうな」と思いました。また、お隣のベッドの年配の女性は、だいぶ呼吸が苦しそうでそのうち酸素マスクをつけるようになり、やがて別の部屋に移されていってしまいました。彼女がその後どうなったのかは分かりません。

向かいのベッドの女性は50代ぐらいの人で、私に本を貸してくれたり、いろいろ話しかけてくれたりしました。その人は、がんが骨に転移したので、抗がん剤の治療をしているのだと、明るく話していました。乳がん患者の人の会についても紹介してくれました。「全国組織だから」と言って入会をすすめられましたが、私は結局入会はしなかったです。とてもいい人だったので、その後ちゃんと治ってくれていたらいいなと思いました。私は手術後3週間で退院することになったため、その人が名残を惜しんでくれました。