突然脛(すね)に出来た「しこり」と「病院からの電話」

立ち仕事をして数年。いつもむくんだ脚を引きずりながらバタバタとですが健康に働いていました。しかし、ある日を境にただむくんでいると思っていた脚に異常が起きました。

最初はいつもと変わらないむくみだったのが、突然ボンレスハムのようにパンパンに膨れ上がり、しまいには数日も経つと脛(すね)に赤黒い2、3センチほどの大きさのしこりのようなものが無数に出現。試しに押してみると、なんとも言えない微妙な圧痛が走ります。

それらのしこりは左右対称に脛に出現し、後々、正座も出来ないほどの圧痛と熱感を持つようになりました。その頃になると今度は立ちくらみや眩暈、そして毎晩38度を越える高熱を出すようになるのですが、一晩休むと熱は下がりました。

脚は変わらず浮腫んで痛いのですが「熱がないから」とまた出勤しては夜に高熱を出すの繰り返しがひと月。もう限界だ、と近所の内科に罹りました。

最初の診断は「結節性紅斑(けっせつせいこうはん)」

検査

その病院では「結節性紅斑」という診断をいただきました。ウイルスに感染して自身の免疫で抑えきれなかったウイルスをしこりにしてしまうアレルギーのような症状で、「安静にしていればそのうち治る」ということで1週間ほど休職するよう指示を受けました。

それと同時に、念のために、と血液検査を受け、1週間後確かに症状は一気に回復しました。ところが、ある日突然お世話になったその内科医院から電話がありました。「お話したいことがあるので、来ていただけますか?」と。

血液検査で膠原(こうげん)病の疑いが・・・

「電話が来るってことは重たい何かなの?」

そんな不安を抱きながら病院へ向かうと、不安は的中しました。

「血液検査の結果、膠原病の疑いがあります。大学病院に紹介状を書くので、精密検査を受けてください」

ということでした。

当時20代半ばだったにも関わらず「膠原病ってなに?それ重病なの?」というほど、膠原病の知識はゼロ。慌ててインターネットで調べたところ、難病とされる疾患の総称だとそこで初めて知りました。

自己免疫疾患と呼ばれるものが多く、ウイルスなどに感染すると免疫が攻撃すべき対象をウイルスと「自分」に設定してしまうというもの。「なんておバカな免疫なの!!」と自分の免疫を呪いながら大学病院へ。

そこでは更に怖い診断が待っていました。

「悪性リンパ腫」の疑いも・・・

罹ったのは膠原病内科と皮膚科の2つ。それぞれの主治医から説明を受けたのですが、事件は皮膚科で起きました。脛以外にしこりはあるか、ということで思いつく限りしこりのある箇所を伝えていくと、「急いで皮膚生検しましょう。リンパに沿ってしこりが出来ているので悪性リンパ腫の可能性もある」と言われ、その病名は知ってる、と頭の中がパニックになりました。

その日のうちに局部麻酔で生検され、脛のしこりと、首の下のしこり、そして鼠蹊部(ビキニライン)のしこりを切開し、病理にまわされました。検査結果は3週間後。

スマホに着信

まぁ大丈夫でしょう、と前向きに考えて2週間が経った頃、職場宛に病院から電話がかかってきました。デジャブ。病院から電話=ヤバいやつ、という認識でいた私は電話に出るのが怖かったです。

案の定「電話ではお伝えが出来ない」と言われ、翌日病院へ。結果「悪性リンパ腫」と診断されました。そこからもうありとあらゆる検査が猛スピード進む進む。生存率の説明をされ、「膠原病は?どこ行ったの?」という置いてけぼり感。

ところが先生はとあることが気になる様子でした。それは私が悪性リンパ腫にしては異様に元気なこと。「化学療法を始める前にもう一度精査したい」というので、治療開始は1週間延ばされることになりました。そして先生の判断は正しかったです。悪性リンパ腫は取り下げられました。リンパに出来る腫瘍は大抵は悪性とのことですが、時に良性の腫瘍が出来ることもあるのだそう。私の場合は後者で、病理上悪性の見た目をした良性腫瘍でした。ほっと一安心したと同時に、先生方の判断力に心から感謝しました。

それから数年。脛のしこりは「結節性紅斑」として診断され、膠原病はどの疾患に値するのか分からず、「予備軍」として4ヶ月に1度のペースで定期的に検査を受けています。

ただのしこりだと思っていたものにここまで怖い思いをさせられるとは思ってもいませんでした。そして「病院からの電話」がいかに怖いかを身を持って体験しました。ただそんな中でも信頼できる先生方に出会えたことには感謝しています。

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