ノロウィルス

上からも下からも出っぱなし!恐怖のノロウイルス

当時、私は幼稚園教諭をしていて、こどもの下(シモ)の世話をする担当だったのですが、それまではこどもから病気をもらうことなく、勤めていました。

四月の終わり頃、遠足に出掛けた時の話です。職員用のお弁当を芝の上に置いておいたら、なんとカラスに食べられてしまい、1つだけその場の売店で購入しました。そのお弁当をわたしが食べました。

その時は何もなく、ただ美味しくというよりも、遠足中なのでかきこむ感じで食べた記憶があります。

そこから、ゴールデンウイークに入り、長い休みを楽しもうとしていた初日の夜、強烈な吐き気で起きました。

一回吐いたあとは、吐いても吐いても気分が悪くて、吐くものもなくなり胃液を吐く感じです。ポカリを飲めば、そのままでてきていました。

トイレでダウンする男性

吐き続けたあとは、下痢。出しても出しても下痢が止まらず、上からも下からもずっと出ている感じです。布団にも戻れず、トイレの前の廊下で横になり、ひんやりするフローリングで熱を冷ましました。

ゴールデンウイークだったので、次の日は病院が空いておらず、ひたすら耐えるしかなくて、ポカリだけを飲みトイレとお友だちになりました。

ゴールデンウイーク半ばの平日やっとの思いで、吐き気の合間、急いでシャワーをあびて病院へいくと、ものすごい数の患者さんが待合室に溢れていました。その時点でくらくらしたのですが、待つしか方法はないので、空いている席に座ると、隣に座ってきた女性が、とても気分が悪かったのか、お風呂に入ってない臭いがプンプン。

もうその臭いでまた吐き気が強まり、白目を向きたい気分でした。看護師さんに「あとどれくらいかかるのか」を聞いたら、まだ当分かかるというので、また出直すことを伝えると、病状を聞かれました。

ひどいと思われたのか、すぐに点滴をもらうことができ、吐き気止めをいれてもらいました。

そこから一週間、ほぼ寝たきりのような状態でした。

こどもから移されたのか、あの遠足で買ったお弁当が悪かったのか、今でも謎ですが、もうノロウイルスだけにはかかりたくありません。

喘息の吸入器

完治したと思っていた病「喘息」が悪化

私は小学生の時に小児喘息と診断されて、定期的に病院に通っていました。入院も1、2回しましたが、そこまで酷い状態にはならずに、中学生になり、喘息も徐々に治ってきたと勝手に思っていました。

中学生の時は、みんなと同じような運動も出来ましたが、マラソン大会だけは棄権しました。高校生になると、薬にあまり頼る事もなくなるほど良くなっていたんです。

体育の授業で悪化

しかし、高校1年生の時に喘息が悪化してしまいました。体育で2キロ走のタイムを測る授業が原因です。私は喘息という理由で、見学したいと言いましまが、先生はそんな報告は受けていないから、ゆっくりでいいから走れと言われました。

確かに走りたくないから、喘息を言い訳にしていたので、仕方なく2キロ走りました。走った直後は、少し苦しい感じはありましたが、1回吸入しただけで、すぐによくなりました。

しかし、その日の夜中に、咳が止まらなくなりました。走ったときに砂ぼこりを吸ってしまったんだと思います。吸入して薬も飲んで、少し良くなりましたが、2日後にまた体育の授業がやって来ました。

ランニング中の発作

体調はよくありませんでしたが、先生に色々言われるのも面倒くさかったので、走りました。しかし、500メートルぐらい走ったところで、呼吸が出来ないくらい苦しくて、喘息の発作がでてしまいました。

倒れたので、その時の記憶はほとんどありませんが、男子の体育の先生と友達が私を運んでくれて、すごく恥ずかしいのと苦しさから涙が止まりませんでした。

病院に運ばれて、2時間後くらいにはよくなりましたが、無理しなければよかったと後悔しました。小児喘息は完治して、悪化することはないと思っていたので、すごいショックでしたが、その時にいた看護師さんがとてもよくしてくれて、病気のことも、学校のことも相談にのってくれました。

私は以前から看護師になりたいと思っていたので、入院して改めて看護学校に進学したいと希望し、合格しました。将来は、小児科で働き、子供だけでなく、家族にも寄り添える看護師になりたいと思います。

尿管結石による腹痛

二度と経験したくない尿管結石

もう10年ほど前になりますが、私は尿管結石を患った事があります。

ある日の朝、小便をしてからベッドで寝ていると、どうも下腹部の辺りの様子がおかしい。気になって、下腹部の部分を押してみたのですが、その瞬間に強烈な痛みが背中から腰にかけて襲いました。今まで経験した事が無い痛みが、ずっと消えることなく続くのです。

あまりの痛みにジっとしていられずに、少しでも動いていないと我慢できません。急いで、いつもお世話になっている街の内科に行ったのですが、その時はただの「筋肉痛」と診断されました。その為、痛み止めを貰って帰ってきました。

しかし、いくら痛み止めを飲んでも、痛みは消えず苦しむだけだったので、次の日に大きな街の病院で診察してもらいました。

この痛みでまだマシな尿管結石だったとは・・・

結石で苦しむ男性

診断された結果、尿に大量の血液が混じっているということで、「尿管結石」の疑いがあると診断されました。ただその病院には泌尿器科がない為、何十キロも離れた更に大きな総合病院へ、痛みに耐えながらバイクに乗って行きました。

ようやく、その病院の泌尿器科で診断を受け、薬を貰い、薬のおかげで症状は落ち着きましたが、こんなにもつらい経験は今まで本当に無かったですね。

薬を飲んでも、下腹部辺りがしばらく変な感じでつらかったです、石が尿となって出て行ってから、ようやく症状が無くなりました。

私の場合は尿管につまった石がそこまで大きくなかったので、薬と水を多く飲んで石の自然排出という方法を取りましたが、石が大きい人は尿管に石が通らないので、機械を使って石を粉砕するらしいですね。かなりの費用がかかると言われています。

それに比べると、私の場合はまだ楽な症状で良かったと思っています。

あれから10年以上経ちましたが、今のところ再発はありません。しかし、話を聞くと一度かかってしまうと、何度も再発する人もいるらしいですから、油断はできません。

歳を取ればそれだけ、また再発する可能性も高くなると思いますから。あの痛みをまた経験しなければならないのかと思うと、憂鬱です・・・。

耳を痛がる女性

風邪が中耳炎を引き起こす!?原因は大量の鼻水

今年の春、酷い風邪を引きました。インフルエンザではなく、普通の風邪だったのですが、まず喉が痛くなり、扁桃腺が腫れ、鼻水もひどく、39度近い発熱に苦しみました。一番苦しかったのは鼻水です。

寝ながら鼻をジュルジュルとかみ続けていたのですが、かんでもかんでも止まらない鼻水に、ゆっくりと眠ることも出来ません。

熱と喉の痛み、そして鼻水に苦しむこと4日。その間、ポカリスエットや炭酸のジュース、レトルトのお粥くらいしか食べる事が出来ず、もの凄く痩せて弱ってしまいました。

風邪の症状が治まり始めた時、耳に違和感が・・・

耳を痛がる女性

そして、5日目にようやく熱が下がり始めたのですが、感覚が戻ってきたら、耳の裏が凄く痛いということに気が付いたのです。しかもプールに入って水が耳に入った時のように耳が遠いのです。

喉の痛みも治まってきたので、少しずつご飯も食べられるようになりましたが、耳の不具合が発生して、物を噛んでも耳栓をしているような、耳が遠いような、耳に空気が沢山詰まっているような、とにかく不快感が凄くて、食事も全然美味しく食べる事が出来なくなりました。

発熱から6日目の朝、目が覚めると、枕にもの凄い耳垂れの跡が付いていたのです。慌てて左耳に指を入れてみると、もの凄くぬれています。ティシューを入れてみると黄色い汁が沢山出てきました。

診断の結果は中耳炎

医師

それで慌ててタクシーで病院に行きました。総合病院に行って、発熱から、喉の痛み、鼻水、耳痛、耳垂れの件を時系列を追って受付で説明すると、耳鼻科に行くように案内を受けました。

耳鼻科では、簡単なチェックをしてすぐに「中耳炎です」と言われました。通常、中耳炎は大人ではあまりならないものなのですが、大量の鼻水が耳管を逆流した事が原因のようです。

耳に違和感を感じた時にすぐに来れば良かったのにと、ドクターに言われましたが、風邪で具合が悪かったので仕方ありません。

アモキシリンという抗生物質を一週間ほど服用し、鼻をかむのを制限して、少しずつ症状は良くなりました。でも、難聴が治るまでには2ヶ月近くかかって、凄く大変な思いをしました。

インスリン注射

意外な症状からの糖尿病

これは私が糖尿病と診断されたときの話です。

ある日、子供を連れて地元のプールへ行くことになりました。そのプールは屋外にあり、隣がすぐ海なので海水を引いています。正直、衛生面に疑問が有りましたが、昔から有る地元民行きつけの場所で有り、私も小さい頃から馴染みのプールだったのです。

女性の下腹部

そして、1日プールで家族で遊んで帰ってきた日の夜。お恥ずかしい話ですが、下腹部に痒みが出てきました。最初は特に気にもせず、清潔を保ち薬を塗るなどしていて、そのうち治るだろうと思っていました。

しかし、一向に治る気配はなく、日に日に痒みは増していくばかりで、1日中悩まされるようになりました。場所が下腹部なだけに、病院に行くのも気が進まずそのままやり過ごしていましたが、どうにもこうにも耐え切れなくなり、なるべく人がいないような婦人科に行くことにしました。

大きい病院やキレイな産婦人科に行くべきなのかもしれませんが、人の出入りが多い病院に行くのはどうしても恥かったのです。

医師

そこの病院は、受付に初老の女性とおじいちゃん先生がいるだけでした。問診が終わると内診が始まり、すぐに「カンジダだね」と言われました。薬を入れてもらい、自宅用の薬も処方してもらい、しばらく通っていましたが、治ったと思って薬をやめるとまた再発するんです。

その度に先生から「今まで糖尿って言われたことない?」とか「血糖値が高かったことってない?」などと聞かれました。私は今まで言われた事は有りませんでしたし、まだ20代だったのでそんなはずはないと思っていました。

その繰り返しがしばらく続いた頃、主人の会社で家族の健康診断を格安でやってくれるとのことで申込んでみることにしました。

結果はすぐに届き、尿検査で糖が出でいるとのことでした。このことか・・・と思い、すぐに先生のところへ結果を持っていきました。

そこから糖尿病の改善の日々が始まりました。

やる事はおおまかに2つです。「血糖値を下げる薬を飲む事」と「カロリーのコントロール」です。

カロリー計算

ネットの情報を読み漁り、スーパーでどんなものを食べたら良いのか、食材や調味料などあらゆるもののカロリーや成分を自分なりに調べました。もちろん今までした事が無かった運動も始め、2週間に1度先生の所へいく生活です。

先生は本当に親身になってくださり、相談にも乗ってくれました。また同じように糖尿で通われている他の患者さんもいるとのことでしたので、私が見つけた低糖質の食品や砂糖不使用のお菓子など先生に教えたりしました。

そのときにその食品のパッケージを持って行き先生に見せて本当に大丈夫なのか、どのくらいの量をどのくらい食べてもいいのか相談させてもらいながら、先生も知らないものだと他の人に教えてあげようとかすごいね、頑張ってるねと褒めてくれて一生懸命頑張ることができました。

糖尿発覚から3ヶ月たち、体重も落ち、血糖値も正常範囲まで落ち着きました。もう血糖値を下げる薬も必要なくなり、このままの生活を意識していって欲しいとのことで通院は終了しました。

定期的に血糖値を計る為に行ったりします。そこで先生と話すのが楽しみになりました。先生との絆ってものすごく大切なものであり、命に関わるものであると実感しました。

「健康であること」・・・普段は全然気にも止めないことですが、実際病気になってからだとかなり気にしちゃいますよねぇ。私も同じで健康であることが普通すぎて、健康体であることの有り難みが分かっていませんでした。病気で苦しむ事がどんなことなのか今一度勉強しましょう。